神奈川協会ホームページより

厳しさを増す最高裁の判決より
(良識の声 裁判官上田豊三氏の意見)

業務指導委員会

 先般より、最高裁において立て続けに、我々にとって大変厳しい判決が続いています。平成17年12月15日第一小法廷では、貸金業法17条1項に規定する書面には、リボルビング方式で記載が難しい「返済期間および返済回数」及び各回の「返済金額」について、記載のない場合は法43条の適用がないとされ、また貸金業者は取引履歴を開示する義務があるとの判断を下しました。
 平成18年1月13日第二小法廷では、貸金業法規則12条2項の法適合性が争われ、「法の委任の範囲を逸脱した違法の規定として無効とする」判断を下し、同時に、債務者が利息制限法の制限を越える約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益喪失する旨の特約の下では、法43条の任意性が否定されました。同じく1月19日第一小法廷、1月24日第三小法廷でも同様の判断が下され、「一回でも支払を怠ると期限の利益を喪失する」という約定があることによって法43条1項のみなし弁済規定が適用されないこととされました。
 平成16年2月20日第二小法廷では、「法43条1項の規定の適用要件については、これを厳格に解釈すべきものである」との判断により、法43条の適用について、以上のような厳しい判断が続き、法43条の立法の趣旨を大きく逸脱させることとなりました。
法による規制は施行時より効力を持ちますが、最高裁判例の変遷による規制は過去にさかのぼることとなり、規制法が施行されて以来、過去になかった異常な状態となりました。
 このように、1月13日の第二小法廷、1月19日の第一小法廷、1月24日の第三小法廷において、法第43条について、法律を空文化するに等しいヒステリックな最高裁の判決が出された中で、立法の趣旨を踏まえ、冷静な判断を行う判事がただ一人ですが、おられました。平成18年1月24日第三小法廷の日賦業者に対する不当利得返還請求において、判決は裁判官全員一致で業者側の敗訴となりましたが、期限の利益の喪失条項についてのみの裁判官上田豊三氏の意見として、良識ある判断がなされたので紹介します。



判例 平成18年01月24日 第三小法廷判決 
平成16年(受)第424号不当利得返還請求事件 第6結論より一部抜粋

 判示第4についての裁判官上田豊三の意見は,次のとおりである。
私は,上告人らが本件各弁済を任意にしたものであるとする原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反はないと考える。その理由は次のとおりである。

 1 利息制限法所定の制限利率を超える利息の支払約定は,その制限超過部分については無効であり,債務者が制限超過部分を含む約定どおりの利息を任意に支払った場合でも,制限超過部分は残元本に充当され,計算上元本が完済された後に支払われた金銭は原則として返還請求をすることができるというのが,かつて累次の最高裁判例によって確立された判例理論であった。
しかるに,昭和58年に貸金業法が制定され,上記判例理論が一部修正されることになった。すなわち,同法は,貸金業を営む者について登録制度を実施し,その事業に対し必要な規制を行うとともに,貸金業者の業務の適正な運営を確保し,もって資金需要者等の利益の保護を図り,国民経済の適切な運営に資することを目的として制定されたものであるが,同法43条1項は,貸金業者が厳格な業務規制である17条書面及び18条書面の交付義務を遵守することの見返りとして,任意に支払われた制限超過部分につき,有効な利息債務の弁済とみなし,制限超過部分に元本充当の効果を生じさせないこととし,その返還請求をすることができないものとしたのである。

 2 同法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」とは,債務者が利息の契約に基づく利息の支払に充当されることを認識した上,自己の自由な意思によって支払ったことをいい,債務者において,その支払った金銭の額が利息の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認識していることを要しないと解するのが相当である(最高裁昭和62年(オ)第1531号平成2年1月22日第二小法廷判決・民集44巻1号332頁参照)。
利息債務の弁済が強制執行や競売により実現される場合には,それは「債務者の意思による」支払とはいえないので,同法43条1項にいう任意性を否定すべきである。また,詐欺や強迫に基づいて利息債務の弁済が行われたり,あるいはその弁済が同法21条で禁止している債権者等の取立行為に起因する場合には,債務者の利息弁済の意思の形成には瑕疵があり,その弁済は債務者の「自由な」意思に基づく支払とはいえないので,同様に任意性を否定すべきである。
これに対し,約定の元本のほかに約定の利息(それには制限超過部分が含まれている。)を支払わなければ元本についての期限の利益を失うという,期限の利益喪失条項がある場合において,債務者が約定利息を支払っても,そのことだけでその支払の任意性が否定されるものではないと解するのが相当である。このような場合に債務者が約定利息を支払う動機には様々なものがあり,約束をしたのでそれを守るという場合もあるであろうし,あるいは約定利息を支払わなければ期限の利益を失い,残元本全額と経過利息を直ちに一括して支払わなければならなくなると認識し,そのような不利益を回避するためにやむなく支払うという場合もあろうと思われる。前者の場合には,およそ約定利息の支払に対する心理的強制を債務者に及ぼしているとはいい難い。これに対し,後者の場合には,約定利息の支払に対する心理的強制を債務者に及ぼしていることは否定することができない。しかし,このような心理的強制は,詐欺や強迫あるいは同法21条で禁止している債権者等の取立行為と同視することのできる程度の違法不当な心理的圧迫を債務者に加え,あるいは違法不当に支払を強要するものとは評価することができず,なお債務者の「自由な」意思に基づく支払というべきである。

 3 多数意見は,上記の期限の利益喪失条項の下で債務者が制限超過部分を支払った場合には,特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって支払ったものということはできないと解するのであるが,そのように解することは,貸金業者が17条書面及び18条書面を交付する義務を遵守するほかに,「制限利息を超える約定利息につき,期限の利益喪失条項を締結していないこと」あるいは「元本及び制限利息の支払を怠った場合にのみ期限の利益を失う旨の条項を明記すること」という要件を,貸金業法43条1項のみなし弁済の規定を適用するための要件として要求するに等しい結果となり,同法の立法の趣旨を離れ,みなし弁済の範囲を狭くしすぎるのではないかと思われる。
さらに,そもそも,債務者が貸金業者との間に制限利息を超える約定利息の支払を約し,その約定利息につき期限の利益喪失条項のある契約を締結するのは,そうするほかには金融を得る途がないので万やむを得ないといった心理的強制にかられて締結していることが多いのではないかと思われる。そのような心理的強制にかられて締結した契約も,債務者の自己の自由な意思に基づくもの,すなわち任意性を否定することはできないものではないかと思われる。そうである以上,このような契約に基づく約定利息の支払についても,債務者の自己の自由な意思に基づくもの,すなわち任意性を否定することはできないものではないかと思われる。

 4 本件において,上告人らが本件各弁済をしたのは,約定利息につき期限の利益喪失条項のある下でしたものではあるが,詐欺や強迫あるいは同法21条で禁止している取立行為に基づいてしたものであることをうかがわせる事情は認められないので,本件各弁済は,上告人らが約定利息の支払に充当されることを認識した上,自己の自由な意思によってしたもの,すなわち上告人らが利息として任意に支払ったものというべきである。したがって,これと同旨の原審の判断は正当であり,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反はないと考える。


(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男)